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台風は地球規模の大気現象です。台風がグルグルと渦を巻きながら地球上を移動していくと、それに巻き込まれた場所では、いろいろなことが、同時多発的に発生します。そんな「地上で起きたこと」を、巨視的なスケールから微視的なスケールまで捉えるためには、それをみつめるたくさんの「眼」による記録、リアルな体験報告の集合体が必要になります。
この研究プロジェクト「デジタル台風」では、台風に関連する情報をさまざまな情報源から網羅的に収集してきました。それを直接情報/間接情報、公共的/個人的という軸で分類してみると、以下の表のように表すことができます。
直接情報(1次情報) | 間接情報(2次情報) | |
---|---|---|
公共的 | 気象衛星画像 / アメダスデータ | 台風ニュース・トピックス |
個人的 | アイフーン / 台風前線 | 台風ニュース・ウェブログ |
ここで、直接情報とは一般に集約・編集プロセスを経ない情報であるのに対し、間接情報とは直接情報を集約し、それを編集した情報を指します。また個人的な情報とは、個人という文脈を意識した情報であるのに対し、公共的な情報とは個人性をできるだけ排除した客観的あるいは大局的な視点を重視する情報です。
この表の中で、本サイト「アイフーン」は、直接情報+個人的という領域を担当します。つまり、自分自身が体験したことを、個人的な視点から直接的な情報として記録するものを対象とします。これは、台風が接近する現地に居合せた人々でないと体験できない、雰囲気や臨場感を伝える情報です。そして、このような貴重な記録を集積し、台風に関するデジタルアーカイブとして後世へ残すことができれば、災害の記録としても貴重なものとなるでしょう。
このような情報は、通常のマスメディアによるジャーナリズムでは、拾い上げることが難しい情報でもあります。マスメディアにおける情報集約・編集プロセスにおいては、個人的な情報は視点が微視的かつ同時多発的であり、ニュースに用いる素材としては雑多すぎる情報です。そこで災害報道では、絵になる情報(台風実況中継や災害現場)を中心に記事が構成されてしまいますが、これらの情報が今一つ実感に欠けるのは、当事者からのナマの情報発信が少ないからではないでしょうか。
ここに参加型の情報発信・集約・配信アーキテクチャが発展する余地があると考えます。当事者からの個々の情報は、それ自体が迫力のある情報です。また、たとえミクロな情報であっても、特定の人々には意味がある可能性は高いため、例えば地理情報に基づく情報組織化を用いて、個々の情報を大量の情報に埋もれさせない工夫が必要となります。そして個々の情報を再編集することによって、ミクロな視点からマクロな視点を再構成することも可能かもしれません。このような超並列的な情報収集活動は、限られた数の記者による取材活動では実現困難でしょう。
そして本サイトでは、特に現地と現地外とをつなげる場合を主な対象にしたいと思っています。現地における災害情報収集システムについては、政府や地方自治体を中心に、1995年の阪神・淡路大震災以降に構築が進んでいるようです。しかしこれらの災害情報収集システムは、災害状況の迅速な把握と災害からの効率的な復旧を主目的としているため、個人的な視点に基づく情報は切捨てられがちです。また、マスメディアによる情報収集・配信に関しても、ニュースの重要度のランク付けが現場外の一般の人々の関心度を基準になされるため、災害の現地や現地外の当事者が必要としている情報とは異なっているという問題が繰り返し指摘されています。
本サイトではインターネットのオープンな性質を活用した参加型情報集約アーキテクチャの可能性を試すことで、このような問題を解決したいと考えています。もちろん参加型情報集約アーキテクチャには本質的な問題があります。断片的な情報に信憑性はあるのか、無関係な人々に荒らされないか、デマ情報が流言化するのでないか、などの問題です。しかし、信頼性の低い情報を防ぐために情報発信者を登録制にするといった制約を強くすれば、そもそも多様な情報が集まらなくなるおそれがあります。したがって、信頼性と多様性という二つの目標をバランスよく実現するための情報アーキテクチャを探ることが本サイトの目的となります。
これまでインターネット上での情報集約アーキテクチャとしては、電子掲示板あるいはメーリングリストが主なものでした。これらは現在も非常に有効に利用されていますし、これらが最良のソリューションである領域も存在すると思います。しかし、電子掲示板には匿名性による無責任な情報の発信や誹謗中傷の問題、メーリングリストには情報の組織化・構造化が難しいという問題があります。
このような問題への一つのソリューションとなり得るのが、個人性というコンテクスト(文脈)を把握しやすい「ウェブログ」という情報アーキテクチャです。一般的にウェブログは、ウェブページが簡単に生成・管理できるという側面に注目が集まりますが、個人が責任をもって編集するメディア、情報の構造化に自覚的なメディア、といった捉え方も可能です。また、これら個人のウェブ空間を相互につなぐことにより、個人という情報発信者の集合体を束ねる役割を果たす情報集約機構を想定することも可能でしょう。
自発性を備えた個人の力は、インターネットの登場によって初めて、世界的な規模で迅速に集約することが可能となりました。その良い例がLinuxでありWikipediaです。このような成功例を災害情報に適用する際には、個人がどのような人物であるかという文脈情報と、個人の集合体から発信された断片的な情報を集約する仕組みとが重要になると考えられます。つまり、インターネットというインフラストラクチャを使って不特定多数から信頼できる情報を集めるにはどのような方法がよいのか、そこが今後の鍵となってきます。
本サイトでは、超並列的かつ個人的な「眼」からみた情報を収集するためのメカニズムの一つとして、ウェブログからのトラックバックを利用するシステムを最初に構築しました。その理由は、以下にまとめるウェブログの特徴が情報発信者の特性として優れており、トラックバックがウェブログのツールとして普及していることにあります。
また、本サイトでは位置情報と時間情報を重視します。台風という大きな現象においても、それによって発生する事象は局地的で、地域によって大きく異なります。そこで事態を整理するためには、位置情報つきの情報が非常に重要となります。また時間の経過によって事態は刻々と変化しますので、時間情報についても収集しておく必要があります。
そこで本サイトでは位置情報を収集するためのメカニズムとして、位置情報埋め込み型トラックバックを利用します。これは、トラックバックURLに位置情報の識別に必要な情報を埋め込む形で、位置情報を記述する方法です。これは、必ずしも直観的にわかりやすい方法ではありませんが、現在普及したシステムを変更せずに利用できるというところが利点であり、現実的な用途には広く用いられるようになってきています。
位置情報の表現には以下の識別子を用います。文字の種類および長さによって識別子空間を分割することにより、情報の意味に関する記述を省くことができ、簡潔なトラックバックURLを構成することが可能です。これは決して万能な方法ではありませんが、このシステムの場合は、以下のように識別子空間を系統的に分割することが可能です。
正規表現 | 意味 |
---|---|
\w{2} | ISO-3166-1 Country Codes |
\d{2} | JIS-X0401 都道府県コード |
\d{5} | JIS-X0402 市区町村コード |
\d{6} | 台風番号(6桁)YYYYNN |
\d{7} | 郵便番号(7桁) |
\d{8} | 年月日 YYYYMMDD |
さて、「アイフーン(旧名称:台風への眼)」というサイト名には、実は人間の「眼」だけでなく、機械の「眼」も活用したいとの期待がこめられています。例えばウェブカメラやデジタルカメラによる記録、さらにはカメラつき携帯電話による記録などを通して、われわれはより「正確な」眼による記録を蓄積することができます。そして、デジタルカメラや携帯電話でも、位置情報取得機能つきの機器がしだいに増えてきたおかげで、正確な位置情報つきの情報を生み出すことも手軽になりました。このような情報は、現地の雰囲気を伝える情報の一つとして、特に現地に居合せない人々にとっては貴重なものでしょう。
こうした位置情報つきの画像・テキスト(あるいは将来的にはビデオ)情報を、手軽なインタフェース、たとえばモブログなどを用いて集約することにより、世界各地からの実況中継をリアルタイムに集約し、整理して、共有することが可能になるでしょう。このようなダイナミックな記録を通して、私たちは、地球規模の嵐をリアルタイムで体験できるようになるかもしれません。
北本 朝展,
"台風前線:大規模自然イベントを象徴とする時空間インタラクション",
インタラクション2008,
pp. 77-78,
北本 朝展,
"URI免疫化:参加型システムにおけるスパム避けの一手法",
電子情報通信学会 Webインテリジェンスとインタラクション研究会,
No. WI2-2006-73,
pp. 45-50,
北本 朝展,
"「デジタル台風」と「台風前線」 - 過去と現在の台風データを統合した台風情報サイト",
OHM,
Vol. 93,
No. 10,
pp. 6-7,
北本 朝展,
"ウェブスパムをかわすためのURI免疫化",
NIIテクニカル・レポート,
No. NII-2006-010J,
pp. 1-12,
北本 朝展,
"自然災害等の緊急時における情報集約のためのコンテンツ管理システム",
第19回人工知能学会全国大会,
No. 3C3-02,
Asanobu KITAMOTO,
"Digital Typhoon: Near Real-Time Aggregation, Recombination and Delivery of Typhoon-Related Information",
Proceedings of the 4th International Symposium on Digital Earth (ISDE),
pp. 16 pages,
以下の分類法はあまり整理されたものではありません。今後の検討によって変化する可能性が高いものです。
方向性 | 情報集約ルート | 情報集約機構 |
---|---|---|
吸上型(プル) | ツリー型 | ヒエラルキー的情報集約機構 |
スター型 | ジャーナリズム的情報集約機構 | |
通報型(プッシュ) | グラフ型 | 自発参加的情報集約機構 |
ヒエラルキー的情報集約機構は、事前に組織された階層的な構造を通して、比喩的に言えば「下から上に」情報を吸い上げていく方法です。これは、全国的な被害情報をまとめるといった、大局的な災害情報を一元的に集約する目的に有効な方法で、またこの階層構造が、そのまま情報の出所に関する責任を明確にする役割も果たしています。ゆえに信頼性の高い情報を集約し共有するための方法として現在は中心的な役割を果たしていますが、柔軟で素早い情報集約には適していないという問題があります。
ジャーナリズム的情報集約機構は、現地取材など情報集約者の行動を通して情報を収集していく方法です。現地でナマに近い情報を集め、取捨選択し、それらを自在に組み換えることにより、大局的な視点に基づく情報を簡潔にまとめることが可能となり、さらに柔軟性と素早さもある程度は満たすことができます。ただし、情報集約者が現地に入り込み、さらに情報提供者を探し出さなければならない、というプロセスに遅れが入り込む余地があります。
自発参加的情報集約機構は、個人が生産した情報を、通報という自発的な行動により集約する方法です。例えば救急車などを呼ぶ場合、個人は緊急情報を自ら消防署に通報して救援を求めます。この場合、個人の自発的な行動に頼ることにより、例えば消防署みずからが情報の所在を探索する必要がないため、緊急時における最も迅速な対応が可能となります。ただし、電話番号110や119のように、情報集約者への連絡先をあらかじめ知っておく必要があることが、実用的には大きな問題点となります。
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